着脱できる体毛

 前任の爪切りを今日も探している。俺やっぱりあいつのこと忘れらんねぇよ、と恋愛ドラマの登場人物のような心持ちで部屋を漁っている。前に探した場所を再度探して、ソファの隙間にも手を伸ばしたけれど、やっぱりない。下駄箱の上、キッチンの隅、洗濯機のなかまで探した。こんなとこにいるはずもないのに。

 12月に入った途端に何らかのスイッチが押されてぱっと切り替わったように雪が降りはじめて、窓の向こうが白くなって冬になった。気温も下がっていて、そろそろストーブをつけないと凍える季節になったかと思うとうんざりした。灯油も値上がりしている。まだ少しはストーブに頼らなくても過ごしていけるはずと思っていたけれど、足は震えていて、体は自然に縮こまってしまっていて、キーボードのタイピングミスも多発するぐらいに指先はかじかんでいた。室温は10度もない。でもまだ耐えられる。

 部屋のなかではもっぱらニトリで購入した着る毛布を着用して生活している。ふわっと羽織るだけで凍てついた空気を遮断し、じわりと脇に汗を感じられるようになるぐらい優秀だ。しかし鏡を見るとみっともない蓑虫のようなフォルムをしていて、なんだか人間的ではない。なんというか、動物的すぎる。文明が発達して手軽に室温のコントロールができるようになったはずなのに、落ち葉をかき集めてそれに体をうずめて暖をとっているような滑稽さがある。僕にはもっとちゃんとした知能があるはずだから、自分しかいない環境とはいえ、普段から人に見られてもいいような服装をすべきだ。そう思うものの、着る毛布の快適さを一度味わってしまったらもう抜け出せない。ぬるま湯にずっと浸かっているような心地よさがある。よく考えたら夏場はユニクロのステテコにエアリズムの肌着のみを着て過ごしていたから、きちんとした部屋着についてはもっと早く考えたほうが良かったかもしれない。家では年中、人に見せられないような格好をしている。幸い、僕の家を急にたずねてくるような人はいない。友人が少なくてよかった。本当に、よかった。

 ふと気になってGoogleで「室内 凍死」と調べた。どうやら10度程度の室温でも凍死した事例があるらしい。健康体だから大丈夫だとは思うけれど、まだ少しは生きていたい。怖くなったので大人しくストーブをつけることにする。それでも着る毛布は手放さない。僕は知能のある人間であるけれど、それ以前に一匹のただの動物だからだ。