スーパーカブの春


バイク屋に預けていた原付を引き取りに行ってきた。

雪国だと大体12月から3月あたりまでは積雪のせいで原付に乗ることができない。原付を自分で冬眠させる方法もあるにはあるのだけれど、自分でバッテリーを外したりするのも手間だし、原付の置き場所がマンションのエントランスを少し入ったところで、屋根はあるけれどほぼ外のようなものだから、念のために毎年バイク屋に預けていた。最も、僕が乗っているのは耐久性にそこそこ優れているスーパーカブだから雑に保管していたところでびくともしない可能性は十分にある。

昼夜逆転が治らなくて、9時ごろに寝て13時に目を覚ました。起床すると家の前の公園で少年野球が行われており、掛け声がよく響く。この家に引っ越してきてから、就寝前に耳栓をつけることは必須となったけれど、起床するとどこかへ消えてしまっていることが多々ある。
準備をしてバイク屋まで10分ほど歩き、引き取りの手続きを済ませた。自賠責保険が切れていたので、その更新も行う。

「期間は5年にしますか?」
「5年はいくらですか?」
「13980円です」
「4年はいくらですか?」
「12300円です」
「3年はいくらですか?」
「10590円です」
「2年はいくらですか?」
「8850円です」

という無駄に長い会話で、期間ごとの金額を把握した。表みたいなものがあればそれで済んだのに、そういうものはないらしかった。自賠責保険が切れていることは知っていて、次回更新をする際は2年で更新をしようかと思っていたけれど、考えた末に5年で更新をお願いした。

「現金のみになってますがよろしいでしょうか?」

ぎくりとしながら財布のなかを見る。足りなかった。僕は普段から電子マネーしか使わなくて、現金をあまり持ち歩いていない。財布のなかに入っている金がいくらなのかもまともに把握していない。今回もクレジットカードで払うつもりでいた。

「4年はいくらですか?」
「12300円です」
「3年はいくらですか?」
「10590円です」
「3年でお願いします」

リフレインするかのごとく会話をして、自分の持ち金で払える金額にまで落ち着いたところで期間を決定した。

原付を購入した当初はこれに乗って色々旅行とかに出かけようかと思っていたのだけれど、結局通勤や近場のスーパーに行くことぐらいにしか使用していない。
原付を手に入れて、はじめてガソリンスタンドに行ったときのことをよく覚えている。はじめての給油なので、おぼつかない手つきで給油口を開けていると、その動作やピカピカの車体を見たガソリンスタンドの店員が目を輝かせながら、「新車っすか?」と話しかけてきた。「そうです」と僕はにこやかな表情を浮かべながら恥ずかしそうに言った。

「いいですねぇ、新車。北海道一周とかするんですか?」
「いやぁ、できたらいいですね」

なんて会話をしていると、すぐに給油が終わった。

店員に見送られながら車道に出ようとしたが、原付の操作に慣れていなくて車道に出るために一旦止まって左右を確認していると、バランスを崩して転倒した。そして原付に足を挟まれて身動きが取れなくなるという状況に陥ってしまった。

すぐに先ほどの店員が駆けつけきて原付を起こしてくれたのだけれど、かなり恥ずかしかった。先ほどまでは恥ずかしさと得意げな感情が混ざったような表情で「北海道一周もいいっすねぇ」なんて話していたのに、その数秒後にはなんでもないところで転倒して原付の下敷きになっているなんて、とんでもなく惨めだ。店員の顔はまともに見られなかった。しかも転倒した衝撃で、フレームにひびが入ってしまった。走行には何も問題はなかったけれど、大事に乗ろうと決めていたのに速攻で傷物にしてしまったので、ひどく悲しくなった。

数ヶ月ぶりに原付に乗ったら、気持ちよかった。傷物だけれど愛着がある。帰路を走っていると、横道から凄い勢いで自転車が飛び出してきて、急いでブレーキをかけた。何事もなかったから双方よかったものの、引き取ってきて早々に事故を起こしたりでもしたら、本当に洒落にならない。