20180105

 家電量販店に着くと、仄暗いフロアが僕を招き入れた。店内に流れる音楽も無く、人のいる気配すら皆無だった。僕のなかの家電量販店というのはまぶしいぐらいの照明が空間に広がっていて、耳を切りたくなるぐらいのBGMや店内アナウンスがスピーカーから溢れだしていて、入店するなり「お探しの商品はなんでしょう」とまるで友人のように馴れ馴れしく店員が駆けつけてくるというものだ。一応、営業時刻を確認すると、閉店まではまだまだ時間があった。よく目を凝らすと商品を取ったり戻したりしている人影が見えた。どうやら僕の他にも客はいるようだ。無音で暗闇のなか、人影だけが見えるなんて、こんなんじゃまるで売れない遊園地のお化け屋敷みたいじゃないか。
 僕はいつも使用しているポメラが、ヒンジが故障したのかディスプレイがやけにぐらついていることに気が付いて、もともとこんなんだったような気もするしなあという疑念を払拭すべく、調査に来たのだった。
 ポメラが展示されているコーナーはどこだろうと考えているうちに、電子辞書あたりと一緒に置いてあっても不思議ではないと思い立ち、とりあえずそこに向かうことにした。
 歩いていると、店員の姿はない。まだ電子辞書売り場には辿り着いていなかったが、どこからか異臭を感じ始めた。僕は異臭のもとが気になり、向かったら、そこには豚の首が置いてあった。驚いて立ち尽くしていると豚の首の近くに何か小さい表示があった。「豚の首、5000円、10%ポイント還元」これは売り物なのか。いきなり方向転換してこんなものまで売り出すようになったのか、と関心した。

 藁人形、首吊り用の縄、瓶詰めのモルモット、死去した世界的ミュージシャンの左薬指、食虫草

 いろんな商品があったけれども惹かれることはまったくなかった。こんな場所にいても仕方がないのでポメラを探す。

 アジアンテイストなハンカチ、赤い宝石、表紙のない小説、首吊り用の紐、ホールトマト。

 もうポメラなんてどこにも置いてはいないのではないのだろうかと気づき始めたところで、急に後ろから声をかけられた。
「お探しの商品はなんでしょう」
 店員だった。いつもと同じ話しかけ方、きちんとしたユニフォームだったから少しほっとする。
「えーとポメラってあります?」
「ただいま取り扱っていないですね」
 店員は即答をした。ここまで自信満々な物言いだと本当にないのだろう。
 僕は気になっていたことを店員に聞く。
「なんか以前訪れたときとはフロアが様変わりしている気がするのですが……、あと置いてあるものとかも」
「そうですね。方向転換をさせていただきまして、家電を売るというよりもお客様が心の奥底で秘められている本当に欲しい商品を並べるようにしてみました」
「そんなことできるんですか?」
 豚の首なんて誰も欲しくはなさそうだ。
「できますよ。もともとはイギリスのディングレイ教授の発表した「人間の相対性無意識と欲望の解離的執着性」という論文が発端なんですが、すみませんここから先は企業秘密となっておりますので……」
「わかりました。ありがとうございます」
「お客様はこのフロアのなかで惹かれた商品がありましたか?」
「いえ、何もなかったです」
「もう一度見て回っていただくと、自分の本質に気が付けるかもしれませんよ」
 そう言い残して店員は暗闇に消えていった。
 本当に欲しいものねぇ。店員の助言でもう少し見てみようという気分になった。

 クジャクの羽、くしゃくしゃなメンコ、首吊り用の紐、銀塩カメラ、空のラムネ瓶。

 どれも欲しいようには思えない。というかゴミみたいなものも混ざっている。一体何なんだろう。あと少しだけ見ていく。

 葉巻、タイメックスの腕時計、猫の死骸、首吊り用の紐、青いバラ

 色々見て疲れてきたのでここを出たら喫茶店にでも行こう。出口までのものも見ておこうか。

 首吊り用の紐、首吊り用の紐、首吊り用の紐、首吊り用の紐、首吊り用の紐。

 コーヒーを飲み、しばし休息をとったあと、僕はホームセンターで長くて丈夫なロープを購入した。しっかりとした、人の重さぐらいなら耐えられるものを。